まとめ

読み聞かせは2歳頃から楽しく毎晩継続 → 小2まで継続遊んでいるおもちゃはこちら
〔年中〕自由保育の幼稚園、プレーパークデビュー、キャンプ、スキーなど、外遊びたくさん
〔年長〕秋からどんぐり開始、環境設定(毎日外遊び、テレビ・読書・宿題制限、ゲーム厳禁、小言命令強制なし)
〔小1〕公立小学校、どんぐり本の読み聞かせ継続中、2017.6全小統2科目偏差値65  11月全小統2科目偏差値70オーバー
〔小2〕遊んでいるおもちゃどんぐり本の読み聞かせ継続中、読書、トップクラス国語3年生 2018.6全小統偏差値60 11全小統偏差値65
〔小3〕どんぐり、トップクラス国語4年生 2019.6全小統偏差値60 11全小統偏差値60
〔小4〕どんぐり、はじめまして数学 コロナでテストを受けてません
〔小5〕どんぐり、はじめまして物理

●小学生では絶対にやらない学習方法
 ・大量、反復、高速、徹底の学習(計算、漢字の書き取り、音読)← 感味力、読解力、思考力(視考力)育成に有害なので
 ・ならいごとをたくさん、毎日外遊びなし、週に1日のノー勉強デーなし ← 子供をおなか一杯にしない、自発的な工夫ややる気の芽をつまない
 ・英語、コンピュータ教育、先取り学習 ← 学年の国語、算数の深い学習、友達との外遊びだけでも全く時間がたりませんから

2020年3月30日月曜日

糸山先生インタビュー その2


さて、自由なその1とはちがって、少し一問一答で、

どんぐりK側の素朴な疑問に、

一つずつ答えていっていただいています

その2です。


どんぐりK:小さいころ父親と一緒に、長い間、道を歩いたエピソードをどこかで書いていらっしゃったかとおもいますが、改めて教えていただけますか?

糸山先生:夕方の5時ぐらいから、うなぎ釣りに出かけて、朝の4時ぐらいに、海から帰ってくるお父さんはバイクで、私は自転車で、2人連れだって帰ってくるということがよくありました。

どんぐりK:母親との間に思い出に残るようなエピソードはありますか?
 
糸山先生:母との思い出で、大きなインパクトのある思い出が、1つあります。

砂降りの日の、カブト、クワガタ採集です。私には、1つの山にたった1本の秘密の木がありました。どんな時でも、必ず大収穫をもたらしてくれる、畑の隅のちょっと危険なところにある、中くらいのクヌギの木が1本あったのです。

カブト、クワガタをご存知の方なら言わずもがなですが、朝から雨が降っていると、蜜を吸いに集まるカブト、クワガタはいません。雨の朝いちばんでは、ハチが数匹いる位で、収穫はゼロのはずです。

それでも数日前から、母と約束していたのです。

私はその木を見せたくて、見せたくて仕方がなくて、約束と言う口実のもと、本当の土砂降りのなかを、カッパを着て、母親と一緒に朝の5時ぐらいから山登りをするために山に入っていたことを覚えています。

もちろん収穫はゼロです。コクワガタが数匹取れた位で、普通だったらカブトムシが10匹、クワガタが20匹、その他の虫が50匹とか、そういう単位が1本だけで取れるはずですから、もう大失敗です。

ですが、満足でした。

自分の宝の場所に場所という大事な場所に、大事な人を、約束したとおりに連れて行くことができた、そして、それに応じて この信頼感を打ったことが一生の値打ちになりました。そうなると、音がしたんです。そして、そのことが大事なんだと言うことを、子供ながらに思っていましたので、カブトムシがいてもいなくても、結果は同じだったのです。

また行こうね、とも言いましたが、行く必要はありませんでした。

う目標は達成されていたからです。

どんぐりK:素敵なお母さんとのエピソードですね、一方でご自分では、どんな子供時代で、どんな教育が記憶に残っていますか たとえば友達と外遊びはどんなことをしていましたか? そのなかで自分でよく工夫したなぁと覚えているようなエピソードは、ありますか?

糸山先生:とにかくよく走っていました。毎日、走っていました。走るのが早かったので、カーブ等を走るときに工夫しないと、カーブで倒れてしまいます。それくらい早かった。

あるいは学校からの行き帰り、特に帰り道ではルートをいくつか自分で作っておき、日によって魚釣りのルート、虫を取るルート、花を楽しむルートなど。

今日は100点を目指すと言う時もあれば、何の意識もなくテストがあることも忘れてるような時もありました。基本的なスタイルは、その日の授業をその日のうちに消化する、それだけです。宿題はできて当たり前ですから、する必要があるとは思っていませんでした。

どんぐりK:なるほど、そういった意味で学習について、自分で自分の学習に対する評価はいかがですか 自分の学歴について、どう思うとかはありますか?

糸山先生:学業についてはわからないことがなかったので、自分ができる方だと思っていましたが、当然井の中の蛙です。

全国的に見ると地方の中の上の、深く考えない、そこそこの成績を取る程度、と言う感じでしょう。

成績表もオール5とか言う事は1 度もなく、オール4が基本形でした。姉達の方が、成績はよかったです。やろうと思えば、できたでしょうが、それは器用だからと言うことで、学力ではないとも気付いていました。



どんぐりK:そしていろいろなお仕事をやられたことを書いていて、塾の講師がどんぐりには明らかに大きな影響を与えていると思いますが、どんぐりをはじめる大きなきっかけになったことはありますか?(算数の問題は楽しく取り組めるものなんだと、子供との対応から気づいたエピソードは読んだことがありますが、詳しく書けるようであれば、よろしくお願いします)

糸山先生:どんぐり理論につながるエピソードがいくつかあります。

一番大きなエピソードは、やはり勉強ができないと言われている子供に工夫して理解してもらうときの方法です。

よく、人間を理解をしたり、脳の働きを理解するときには、脳疾患を患っている患者さんのケアをしているとき等に、様々なことが発見されます。

そのことによく似ていますが、非常に簡単な事でした。

文章問題を解く時に、どんなに、苦手な子供でも絵図を使って説明するとわかってしまう。つまり理解対象、あるいは思考材料となるものが、今までは言葉だと思っていたが、よくよく考えてみると、言葉は誰でも知っているし使える。ところが、問題文は解けない。

それなのに、その言葉を絵図に変換した時の、その子の反応は、全く違うものになる。
今までとは違う反応を示し、一気に理解できると言うレベルで頭が活動を始める。

普通ならば、じゃあ、文章問題を解説する時に絵図を使って解説すればいい、で、終わり。

……が、この時に「この子は」ではなく「人間は」と考えてみたんですね。




どんぐりK:なるほど、そこで一段と大きく物事をとらえたわけですね。

糸山先生:「人間は、なぜ、文章を絵図化すると、理解できて、考えることができるのか」と。

すると、もしも、もしも、人間が「言葉ではなく、絵図で考えている」としたら、この理由が説明できる。

……ところが、誰も、そう言っている人はいない。

何をみても「言葉で」としか書かれていないし、「言葉で」としか、説明がない。

言葉が意味を定義する」…「言葉を知っていれば考えられる」…で、終わり。

「言葉が示している意味とは?」「言葉を知っているとは?」「考えられるとは?」…どこにも何も書いていないのに、学習方法や教育論は、「言葉」の前で閉じられている。

そして、これが、例外のない事実だとすると、数百年と続いている教育問題の根本的な理解と思考の材料や対象は、実は、「言葉の本体は、文字や音や、言葉から連想されるイメージの総合体ではなく、言葉が指し示すイメージの中の「視覚イメージ(絵図)」であり、それは、2次元平面図で、ボンヤリとした輪郭でグレースケール程度の鮮明さのものである。さらに、それが、理解対象や思考材料と考えると、これまでの教育に関する理論や方法は、全てが根本的な再考を迫られる。

ついでだが、再現や操作に使うためには、データ量が少ないことも重要な条件になる。
ここから、視考力に辿り着く。視考力は、生後12ヶ月までには、莫大なデータ収集をして、様々なカテゴリー検索に対応できる、マルチインデックスを作り上げている。

音声が、これらのカテゴライズされたインデックスにリンクされて文章作成を可能にする。つまり、チョムスキーの普遍文法…生成文法は否定される。赤ちゃんの認識形態を時間軸に沿って、視覚イメージの認識を中心にして検証していくと、言葉で表せる方法のもとになる規則は、地球上での自然物理学に対応した動きで制限される動きが、データ化されて利用できる状態になっており、そこに、音声がリンクされて文章構造になるということである。

どんぐりK:なるほど話がかなり難しくなってきたので、人の話のほうに戻してみます。奥さんの話はかなり少ないと思いますが、どんぐりにおいて、奥さんの影響はありますか? あるとするなら具体的にどんな点ですか? 自分と一番子供への対応で差があった面はどんなところですか?




糸山先生:実践面での自分の家庭では、子育ては90%以上が母親の考え方に沿って進めてきました。

母親と父親の力関係で、母親がスムーズに過ごせる、ストレスなく過ごせるような環境を考えると、私の家庭では母親、父親の教育に対するアプローチが、「母9vs父1」の割合が一番いいと思えたからです

ですから保育園の送り迎えの時、少しの外遊びの時間、その時に子供たちと話ができるときに、少しでも私の考えが伝わるように、丁寧にボールを渡すとかゆっくりお話をするとか、最後まで話を聞くとかという、出来る限りのことをするにとどまりました。

幸いなことに、長男が5年生、長女が3年生、次女が年中さんの時にどんぐり教室を2年間だけ開くことができましたので、子供3人は2年間どんぐり教室で、生徒として過ごすことができています。

その頃から、すでに足が悪く、子供たちと体を使って遊ぶことができなくなっていましたので、親子の触れ合いの部分では、大きなハンデを背負っていることになります。一緒に走ることさえできなかった父親ということですからね。



その2もひとまず、ここまでで、まだまだその3へと続きます。



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